この記事では、因果推論における「SUTVA」条件について、その意味や潜在的結果モデルとの関係性を具体例をもとに解説します。
<目次>
「SUTVA」条件の2つの要件
「SUTVA」条件とは何か
因果推論において重要な概念の一つに、「SUTVA (Stable Unit Treatment Value Assumption)」があります。
これは、その名前が示すように、「個体ー処置(unit-treatment)の組み合わせに対する効果の値(value)が、一義的に定まる(stable)」という仮定であり、より簡潔には、「処置を受ける個体において、処置の効果が安定している」という仮定1を意味します。
このSUTVAを前提とすることで、実際には観測されなかった「反事実」について考えることで因果関係を明らかにする「反実仮想」のアプローチにおいて、実際に発生した「事実」に対して、どのような「反事実」が対置されるかを、一義的に特定することが可能となります。
SUTVA条件には以下に示す2つの要件があり、この2つが共に満たされることが必要とされています。
①No interference (No spillover)
一つ目の要件は、「相互作用がない」ことを意味する「No interference (No spillover)」です。
具体的には、「ある個体の処置が、他の個体に影響を与えない」1、別の言い方をすれば、「それぞれの個体が受ける処置の影響が、他の個体が受ける処置に影響されない」2ことを指します。
この条件が満たされないケースの典型としては、感染症におけるワクチン接種の因果効果が挙げられます。新型コロナウイルスのワクチン接種を例に考えた場合、ある個人Aさんがワクチンを受け、Aさんの感染リスクが低下したことで、Aさんと一緒に生活しており、ワクチンを接種していないBさんの感染リスクも低下する可能性があります。
また、Bさんが日常的に接する人の大半がワクチンを接種している場合、Bさんのワクチン接種が、Bさんが感染する可能性に与える影響は小さいものとなります。一方で、逆にBさんが日常的に接する人の大半がワクチンを接種していない場合、Bさんのワクチン接種が、Bさんが感染する可能性に与える影響は大きなものになると考えられます。
このように、処置(この場合はワクチン接種)の因果効果が、個体(Bさん)と処置の状態以外の要素による影響を受けることが、「相互作用」が発生している状態であり、この場合は因果効果の適切な推定が困難となります。
作成:Intelligence In Society
②No hidden (multiple) version of treatment
2つ目の要件は、「一致性 (Consistency)」を意味する「No hidden (multiple) version of treatment」です。これは具体的には、「処置の状態を一義的に定義できる」ということを意味します。
先の新型コロナウイルスのワクチン接種の例では、そのワクチンが「モデルナ製」なのか、「ファイザー製」なのか、あるいはそれ以外のワクチンなのかによって、その因果効果は変わってくることが考えられます。
これは、「ワクチン接種」という処置について、実際には明示されていない複数の状態が存在している (hidden/multiple version of treatment) ことを意味しています。この場合、「ワクチン接種」が具体的に何を意味しているのかが不明確であり、処置の内容を一義的に定義できないため、因果効果を適切に特定することができません。
潜在的結果モデルとの関係性
潜在的結果モデルとは
上記のSUTVAにおける2つの要件は、「反実仮想」に基づく因果推論の理論的枠組みである、「潜在的結果モデル」(potential outcome model)3と密接な関係にあります。
潜在的結果モデルは、実際には変化した要因Xについて、「要因Xが変化しなかった場合」という『反事実』を仮定し、「(他の要因は全て同じ前提で)仮に要因Xが変化しなかった場合、要因Yがどうなっていたか」という『潜在的結果』を考えることで、要因Xと要因Yの因果関係を推測する考え方です。
先のワクチン接種の場合を例に、Bさんがワクチン接種することの因果効果を特定するため、Bさんが日常的に接する人たちのワクチン接種状況や、ワクチンの具体的な銘柄、その他ワクチン接種の効果に影響を与える全ての要因が同じで、Bさんのワクチン接種の有無だけが異なる2つのケースを考えます。
1つのケースではBさんがワクチンを接種し、もう1つのケースではBさんがワクチンを接種しないと想定した場合、それぞれケースにおけるBさんの感染リスクの変化を「処置ありの場合の潜在的結果」「処置なしの場合の潜在的結果」と考え、この2つの潜在的結果の差分から処置による因果効果を特定するアプローチが「潜在的結果モデル」です。
SUTVAと潜在的結果モデルの関係性
SUTVA条件は、潜在的結果モデルによって処置の因果効果を推定する上で、前提として満たされているべき必要条件です。冒頭で、SUTVA条件とは「個体ー処置の組み合わせに対する効果の値が、一義的に定まる」という仮定であると述べました。これは、潜在的結果モデルの文脈においては、「個体ー処置の組み合わせに対する潜在的結果が、一義的に定まる」ことを意味します。
個体とそれに対する処置の組み合わせに対して、その潜在的結果が一義的に定まることではじめて、その個体の「処置ありの場合の潜在的結果」「処置なしの場合の潜在的結果」を定義し、それをもとに因果効果を推定することが可能となります。
特に、一つ目の要件である「相互作用がない」ことを意味する「No interference (No spillover)」は、潜在的結果モデルの文脈においては、
という仮定を意味します4。
また、2つ目の要件である「一致性 (Consistency)」を意味する「No hidden (multiple) version of treatment」は、
という仮定に該当します1。
この2つの仮定を置くことで、個体とそれに対する処置の組み合わせに対して、その潜在的結果が一義的に定まることが担保されます。
SUTVAが意味すること
ここで重要な点は、SUTVA条件は潜在的結果モデルによって満たされるものではなく、潜在的結果モデルにおける「前提条件」であるということです2。
潜在的結果モデルには、その内部に何故そのような「反事実」が設定されるのかについての情報はなく、あくまでモデルの前提として「SUTVA条件」が満たされることを求めています。このことは、潜在的結果モデルの基盤であるSUTVA条件の正当化は、対象領域に関する質的な知見によって担保される必要があることを意味しています2。
先の新型コロナウイルスのワクチン接種に関する例では、そのワクチンが「モデルナ製」なのか、「ファイザー製」なのか、あるいはそれ以外のワクチンなのかによって、その因果効果が変わってくる可能性について述べました。
しかしこの場合、ワクチンの種類だけでなく、その新型コロナウイルスが「アルファ株」「デルタ株」「オミクロン株」などのどの変異株なのかや、因果効果の推定対象となる個人や集団に、過去の感染歴があるのか否か、ある場合は何度感染しているのか、などによっても、ワクチン接種の因果効果は変わってくると考えられます。
因果効果が、このような複雑な文脈や背景情報に依存する場合、潜在的結果モデルによる因果効果の推定において、SUTVA条件を満たすことは決して容易ではなく、その成立如何が分析結果の妥当性に大きく影響することを理解することが重要となります。
ここまで、因果推論における「SUTVA」条件について、その意味や潜在的結果モデルとの関係性を解説しました。
潜在的結果モデルに関する詳細は、以下のページをご覧ください。
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参考文献・注記:
1. 金本拓 (2024) 『因果推論ー基礎から機械学習・時系列解析・因果探索を用いた意思決定のアプローチー』, オーム社
2. 林岳彦 (2024)『はじめての統計的因果推論』, 岩波書店
3. Rubin, D. B. (1974) “Estimating causal effects of treatments in randomized and nonrandomized studies,” Journal of Educational Psychology, 66(5), 688–701
4. 川口康平・澤田真行 (2024)『因果推論の計量経済学』日本評論社