この記事では、「仮説」と「効果検証」について、それぞれの意味と両者の関係性、実践における課題やその対処方法について解説します。
<目次>
「仮説」と「仮説検証」の意味
「仮説」とは、現時点で答えの分かっていないある「問い」に対する、暫定的な「仮の答え」のことを指します。ここで重要な点は、まず先に明確な「問い」が定義されており、仮説はその問いに対する「仮の答え」となっていなければならない、ということです。
一方、「仮説検証」は、明確な「問い」に対する「仮説」を実証するために、必要なデータを収集・分析することで仮説の正しさを検証することを意味します。
仮説:
現時点で答えの分かっていないある「問い」に対する、暫定的な「仮の答え」
仮説検証:
「問い」に対する「仮説」を実証するために、必要なデータを収集・分析することで仮説の正しさを検証すること
そうして検証された仮説は、「問い」に対する一つの答えを提供すると同時に、「実態やその要因に対するより正確な理解には、さらに何を明らかにする必要があるのか」についての情報を提供し、「問い」の質を高めるための示唆を与えてくれます。
事前に設定された「問い」、つまり分析を通じて「何を明らかにしたいのか」が明確になっておらず、漫然と収集されたデータを眺めて後付け的に作り出された「仮説」は、本来の意味での「仮説」ではありません。
このように、「問い」とそれに対する「仮説の検証」の2つを繰り返すことで「問い」と「仮説」の質を高め、実態やその要因に対する理解と打ち手の精度を向上させることが、事業の改善や、それを通じた社会課題解決などの事業目的達成の確率を高めることにつながります。
作成:Intelligence In Society
「効果検証」の意味
この仮説および仮説検証と密接に関係するのが、「効果検証」です。
一般的に「効果」とは、
- ある働きかけによって現れる、望ましい結果(デジタル大辞泉)
- ある原因から明確な因果関係による結果として生じる現象(Wikipedia)
などの意味で用いられる言葉ですが、「効果」の性質として特に重要な点は、上記の定義から示唆される通り、「再現性」を持つということです1。
「再現性」とは、「明確な因果関係によって、ある働きかけを行えば、特定の結果が期待できる」ということであり、仮に再現性が無ければ、「効果」に基づいて意思決定を行っても期待された結果が得られず、目指す成果や目的の達成が困難となります。
「効果検証」とは、効果の有無や程度について、実際のデータ等に基づいて客観的に検証し、評価することを指します。ここで明らかな点は、「効果検証」は必然的に、仮説の実証を通じた「仮説検証」につながるということです。
なぜなら、効果検証を行う際には、必ずその前提として、「ある働きかけによって、特定の結果(=効果)が現れる」という仮説が存在しているはずであり、効果の検証を行うことは、その仮説を実際のデータによって実証することに他ならないからです。
「効果検証」の実践における課題
効果の重要な性質が「再現性」であるということは、効果の検証には、2つの現象の間の「因果関係」に対する評価が求めらることを意味します。そして、実際の効果検証の場面で問題となる点の多くは、この「因果関係」を正しく評価できていないために、効果の有無や程度について誤った結論に達してしまうことです。
例として、ある自治体が「介護職人材不足の解消」に向けた施策を検討しており、「身体的負担の軽減」が、介護職人材の「定着の促進」に対する効果を持つ、という仮説を検証する場合を考えます。
特定の介助支援機器の導入が、介護職員の身体介護における負担(身体的負担)を軽減することが予め知られている場合、その介助支援機器を導入している施設群と、導入していない施設群における介護職員の定着率に関するデータを集め、その平均値を比較する、という形が良く行われる検証方法です。
しかし、この場合、その介助支援機器を導入している施設は、導入していない施設に比べて経営状態が良好であり、定着率の差は機器導入の有無ではなく、実際には給与水準や、情報管理システムの整備による業務のしやすさなど、機器導入以外の要因によって生じている可能性があります。
また、機器を導入した施設について導入前と導入後の定着率を比較する、という検証方法においても、例えば機器導入と並行してそれらの施設で継続的な処遇の改善が行われている場合などは、機器導入前後における定着率の変化が、機器導入によるものなのか、給与UPなどそれ以外の要因によるものなのかを正しく判断することができません。
作成:Intelligence In Society
因果推論の活用
このような、因果関係の評価における課題に対処し、より適切な評価を可能にするための理論的な枠組みが、「因果推論」です。そもそも「因果関係」とは、「ある要因Xを変化させることによって、他の要因Yも変化する」ということを指します。「統計的因果推論」は、データを用いた統計分析によって、この因果関係を明らかにする手法です。
因果関係を特定するにあたっては、要因Yに影響する可能性のある全ての要因のうち、要因X以外の要因については固定した上で、要因Xのみを変化させたときの、要因Yの変化を捉えることが必要となります。
ただし、実際のケースにおいては、要因Xのみを変化させることは困難あるいは不可能である場合が多く、その点を踏まえた上でいかに因果関係を正しく特定するかが重要であり、因果推論ではこの課題を乗り越えるための様々な工夫を行います。
例えば、「ランダム化比較試験(RCT)」と呼ばれる手法は、ある働きかけの影響を「受けた」グループと、「受けなかった」グループの2つが、『働きかけの有無以外の点において』統計的に同質の集団となる状況を作ることで、2つのグループの結果の差を、働きかけの有無によるものと特定することを可能にします。
WEBマーケティングの領域などにおける効果検証では、WEBサービスの特性を活用し、ABテストなどによってRCTに近い状態を比較的容易に実現することができます。それ以外の一般的な事業では、厳密な効果検証には「因果推論」の枠組みを踏まえた評価が必要となりますが、それが難しい場合でも、因果推論に関する基本的なポイントを押さえることで、致命的な誤りにより間違った結論に至る可能性を軽減することが可能です。
事業における仮説と効果検証の役割
ここまでの内容を踏まえ、事業における仮説と効果検証の役割について、次のように整理することができます。
事業は、必然的に多数の「仮説」の集合体であり、「仮説」とその背景にある「問い」の質が、事業の質そのものに大きな影響を及ぼします。したがって、適切な「仮説検証」によって「問い」に対する「仮説」の妥当性を正しく評価し、その情報をもとに「問い」と「仮説」の質を高めることが、事業の質を高める上で重要です。
その際に必要となるのが、精度の高い「効果検証」です。また、「効果」が「再現性」を重要な特性としていることから、その検証には「因果関係」の評価が必要となります。因果関係の適切な評価を行うために有効な理論的枠組みの一つが、「因果推論」です。
因果推論はあらゆるケースにおいて因果関係の評価を可能にするものではなく、その適用可能範囲や評価結果の解釈には一定の条件が伴います。しかし、事業の成果に大きな影響を与える重要な仮説について、因果推論を上手く活用して効果検証を行うことは、事業の質を高める上で貴重な情報を提供します。
因果推論に関する詳細は、以下のページをご覧ください。
ここまで、「仮説」と「効果検証」について、それぞれの意味と両者の関係性、実践における課題やその対処方法について解説しました。効果検証に関する全ての記事は、以下のページからご覧いただけます。
その他、本記事に関連するトピックについての詳細は、以下のページをご覧ください。
参考文献・注記:
1. 安井翔太 (2020) 『効果検証入門ー正しい比較のための因果推論/計量経済学の基礎』技術評論社