ニーズ評価とは|その意味・目的と実施方法

この記事は、プログラム評価における「ニーズ評価(ニーズアセスメント)」について、その意味や目的、実施方法を具体例をもとに解説します。

ニーズ評価(ニーズアセスメント)とは何か

「ニーズ評価」の意味

社会課題の解決に向けた取り組み全体を「プログラム」と捉え、体系的な評価を通じて、その取り組みの価値の判断に資する情報や、取り組みの質の改善につながる情報を得る活動を、「プログラム評価(Program Evaluation)」と呼びます。プログラム評価は5つの階層によって構成されますが、その1つを成すのが「ニーズ評価 (ニーズアセスメント:Needs Assessment)」です。

プログラム評価における「ニーズ評価」とは、プログラムに対するニーズが存在するか、もし存在する場合、そのニーズに対してどのようなサービスが最も適切かについての査定(見立て)をする活動1を指します。

これには、対象とする社会課題の定義やその程度の把握、プログラムの対象者の特定やその詳細の把握、サービスに対するニーズの把握といった具体的な活動が含まれ(これらの詳細については後述)、これらを通じて体系的に社会的ニーズを把握・調査する一連の手続きが「ニーズ評価」と呼ばれます。

「ニーズ」とは何か?4つの分類

そもそも「ニーズ」とは、現在の状態と望ましい状態との間の差分(ギャップ)を指します2。望ましい状態と現状の間にギャップがある場合、それが「ニーズ」に当たります。仮に現在の状態が既に望ましい状態を達成し、さらにそれを上回っている場合は、ニーズが過剰に満たされていることを意味します。

ニーズは大きく4つの種類に分類できることが知られており3、これを基準にニーズを検討することで、対象とするニーズについてより的確に理解することが可能となります。

  1. 規範的ニーズ (Normative need)
    研究に基づくエビデンスや専門的知見に基づき必要と考えられるニーズ
  2. 比較ニーズ (Comparative need)
    サービスへのアクセスや健康状態など、他との比較をもとに判断されるニーズ
  3. 感覚的ニーズ (Felt need)
    個人の感覚において必要と感じられるニーズ
  4. 表明されたニーズ (Expressed need)
    ニーズを満たすための手段の使用によって表明されるニーズ(サービスを受けるための列に並ぶなど)

ニーズ評価を行う目的

社会課題の解決を目指すプログラムが、重要な社会的ニーズに対してもっともらしい方法で実施されているか、社会的ニーズを取り巻く状況の変化を適切に反映しそれに対処しているか、を評価することは、プログラムの価値や妥当性を評価する上で重要です。

これらの問いに答えるためには、まず初めにプログラムが対処しようとしている社会的ニーズを明確に描き出す必要があり、そのために行われるのがニーズ評価です。ニーズが明らかにされることによって、次のステップとして、プログラムセオリーが課題を効果的に概念化しているか、課題の解消に向けた適切なアプローチを有しているかを、セオリー評価によって評価することが可能となります。

プログラムが実際には社会課題と関連していない場合や、そもそも課題が存在しない場合、たとえプログラムの運営体制や管理体制がどれほど優れていたとしても、そのプログラムが課題解決において効果を発揮することはありません。その点で、ニーズ評価は、プログラム評価における基礎を成すものであると言えます。

ニーズ評価の実施方法

いつニーズ評価を行うのか

ニーズ評価の実施タイミングとして決まったものはなく、それが必要とされるタイミングであれば、いつでも実施することで有用な情報が得られます。特に、新たなプログラムの設計・開発段階においては、ニーズ評価を通じて対象とする社会課題やその程度、ターゲット層などを明らかにすることは極めて重要です。

また、運用中のプログラムにおいても、

  • プログラムのパフォーマンスを向上させる機会を積極的に得るために行う場合
  • プログラムの断続的な改善プロセスの一部として継続的に行う場合

といった前向きな状況だけでなく、

  • プログラムの成果が望ましい水準に達していない場合
  • プログラムによるサービスが、ニーズを適切に捉えていないと思われる場合
  • プログラムの必要性に対して疑念が生じている場合

など、プログラムに問題が生じていることが懸念される状況においてニーズ評価を行うことで、プログラムの改善やプログラムが抱える問題の特定・解消などに繋げることが可能となります。

ニーズ評価の実施プロセス

以下では、Rossi etc.(2003)1において整理されている、ニーズ評価における5つのプロセスについて解説します。

①対象とする社会課題の定義

まず最初に行うのは、プログラムが対象とする社会課題を定義することです。社会課題を「定義」する必要があるのは、社会課題はそれ自体では客観的な事象ではなく、人々の共有された認識や相互作用の結果として作り上げられるものだからです。

したがって、ある事象に関するデータそれ自体が、社会課題の存在を意味することはありません。例えば、ある国において少子化が進んでいるというデータは、その国において少子化が重要な社会課題であることとイコールではありません。

特定の国において少子化が進んでいるという事実が、その国の重要な社会課題となるか否かは、人々が少子化が進んでいるという事実やそれによる影響、その重要度をどのように認識し、それが国や自治体の政策の場において、どのように位置づけられるかによって決まります。また、その位置づけ方も、その時の社会状況や政治的な文脈、問題の背景や要因に関する理解や捉え方などによって変化します。

少子化を若者の経済状況に関する課題と捉えた場合、それに対するプログラムは、若者の経済的な自立や安定を促進するためのものになる一方で、少子化を女性の社会進出に関する課題と捉えた場合、それに対するプログラムは、女性による仕事と子育ての両立や男性の育児参加を促すためのものとなります。

このプロセスでは、社会の世論や政策・政治の場における議論において、その課題がどのように位置付けられているかも意識しながら、プログラムが対象とする社会課題について関係者が共有できる定義を行います。

②社会課題の程度の把握

社会課題を定義することができたら、次はそれがいつ、どこで、どの程度の規模で生じているのかを明らかにします。社会課題の生じている程度によって、プログラムに必要とされる資源や、場合によっては採用すべき手法も異なってきます。

上記の少子化の例において、それを女性の社会進出の視点から捉えた際、多くの働く女性が仕事との両立が難しいことを理由に出産をあきらめたという話しを聞けば、女性による仕事と子育ての両立に関する課題があることは理解できます。

しかし、そのような事例が、都市部や地方などどのような地域の、どのような属性の女性において、どれくらいの規模で生じているのか、を把握するには、詳細なリサーチや該当領域に関する専門的な知識が必要となります。

例えば、仕事との両立の難しさから女性が出産をためらうケースの、ある自治体における発生数を把握するためには、その自治体に住む20代~40代の女性からランダムに選んだ(無作為抽出した)サンプル集団に対してサーベイを行うことで、全体における発生数を推定する方法などが考えられます。

ただし、社会課題の多くは目に見えないものであり、正確な数値を把握することはできません。様々な情報源からデータを集めることで、社会課題の程度について可能な限り実態に近い把握を目指します。

③プログラムの対象者の定義と特定

プログラムが対象とする社会課題を定義し、その程度を把握することができたら、プログラムが対象とする集団について定義します。しかし、プログラムが有効に機能するためには、対象者を定義するだけでなく、実際に対象者が誰なのかを特定し、対象者にプログラムを提供するとともに、対象とはならない人をスクリーニングすることが必要です。

そのためには、プログラムのプロセスの中に、明確に定義された基準に基づいて対象者を特定すると同時に、非対象者を振り分ける機能が組み込まれている必要があります。

対象者の定義と特定において難しい点は、対象者の定義が時間の経過に伴って変化する可能性がある点です。女性による仕事と子育ての両立支援に関するプログラムにおいて、対象者の定義として月間の労働時間や所得水準を設定した場合、基準として適切な労働時間や所得水準は、社会情勢やマクロな経済環境に応じて変化することが考えられます。

また、プログラムによっては、直接の対象者の他に、間接的な対象者 (Indirect Targets)が存在するケースもあります。女性による仕事と子育ての両立支援に関するプログラムにおいて、仮に企業などの法人を対象としたプログラムを実施することで課題の解消を目指す場合、真のターゲットである女性は、プログラムの直接の対象である企業などを通じて間接的にプログラムの影響を受ける、「間接的な対象者」となります。

④対象者に関する詳細の把握

対象者の性質や対象者を取り巻く状況に関する詳細を把握することは、プログラムのデザインやアプローチを決める上で重要であり、プログラムの成否に大きな影響を与えます。

対象者について、プログラムとの関係性をもとに以下の3つの区分に基づいて整理することは、対象者を理解する上で有効な方法の一つです。

①population at risk
プログラムが対象とする社会課題に晒される可能性のある人々
②population in need
プログラムが対象とする社会課題に現在晒されている人々
③population at demand
プログラムが提供するサービスを受けることを望む人々

女性による仕事と子育ての両立支援に関するプログラムの例では、例えば、①「population at risk」が20代~40代の全ての女性、②「population in need」が仕事との両立の難しさから出産をためらう全ての女性、③「population at demand」がプログラムによる仕事と子育ての両立支援を受けることを望む全ての女性、と整理することができます。

また、発生率を意味する「incidence」と、普及率や医療における有病率を意味する「prevalence」を区別し把握することも、対象者を取り巻く状況を理解する上で重要です。

「incidence」は、一定の期間に新規に発生したケース数を指し、例えば、ある月における新型コロナウイルスの新規感染者数に該当します。一方、「prevalence」は、一定の期間において発生している全ケース数を指し、ある月における新型コロナウイルスの総感染者数に該当します。

社会課題の解決に向けたプログラムにおいては、プログラムの性質に応じていずれも指標も必要となり得ます。女性による仕事と子育ての両立支援に関するプログラムにおいては、「population in need」に該当する女性の総数(prevalence)が重要な指標となりますが、仮にプログラムが新たに結婚した女性を特に注力する対象としている場合は、「incidence」が新規のターゲット数を規定するものとなります。

⑤サービスに対するニーズの把握

ここまでのプロセスは、プログラムが対象とする社会課題について、その程度・規模や発生状況などを定量的に把握すること目的としていました。一方で、プログラムの対象者が持つサービスに対するニーズを定性的な情報によって描写し、その性質や文脈を理解することも、効果的なプログラムの構築において重要です。

社会課題の多くは、多様な要因が複雑に絡み合った結果として生じているため、可能な限り様々な視点から課題を捉えることを通じて、課題の全体像やその背景にある要因を高い解像度で把握することが必要となります。

女性による仕事と子育ての両立支援に関するプログラムにおいて、企業などの法人に対して社員の育休取得に助成金を支給する事業を行うケースを考えます。このケースにおいて仮に、助成金によって育休取得率が向上したのは、人材に余裕のある一部の大手企業のみで、中小規模の企業では育休取得者の代わりとなる人材の確保が困難なために、助成金を支給しても育休取得率が向上しなかったとします。

このケースにおいては、両立支援に対するニーズは、助成金支給による制度的側面の改善だけでなく、現実の企業の現場における人材不足という側面に対してもアプローチが行われることではじめて、満たすことができるものであったと理解できます。

プログラムの対象とする社会課題が持つこのような複雑さは、対象者が持つニーズの性質や文脈を詳細に調査し、高い解像度で描き出すことによって把握することが可能となります。

ここまで、プログラム評価における「ニーズ評価(ニーズアセスメント)」について、その意味や目的、実施方法を解説しました。

当記事に関連するトピックの詳細については、以下のページをご覧ください。

また、プログラム評価に関する全ての記事は、以下のページからご覧いただけます。

参考文献・注記:
1. Peter H. Rossi, Mark W. Lipsey, Howard E Freeman. (2003) “Evaluation: A Systematic Approach (Seventh Edition),” SAGE Publications
2. Ryan Watkins, Maurya West Meiers, Yusra Laila Visser. (2012 ) “A Guide to Assessing Needs : Essential Tools for Collecting Information, Making Decisions, and Achieving Development Results,” The World Bank
3. Jonathan Bradshaw. (1972) “The concept of social need” New Society 496 640-643,

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