この記事では、社会的インパクトにおける「指標」について、その意味や設定の手順、設定において注意すべきポイントを具体例をもとに解説します。
<目次>
社会的インパクトにおける指標とは
「社会に生じる変化」としての社会的インパクト
社会的インパクトは、『短期、長期の変化を含め、当該事業や活動の結果として生じた社会的、環境的なアウトカム』と定義されますが1、この定義から分かることは、「社会的インパクト = 社会的・環境的なアウトカム」であるということです。
また、アウトカムとは、『事業実施後に、事業の対象となった個人や集団、社会にあらわれる状態の変化』を指すことから2、社会的インパクトとは、つまり「事業や活動によって社会・環境に生じた変化」であると理解できます。
ここで重要なのは、「アウトカム」と、類似する「アウトプット」の違いを正しく区別することです。アウトプットは『活動の結果、または活動実施により生み出される財・サービスや状態など』を指す言葉であり2、「活動の成果」を意味するアウトカムは、このアウトプットによってもたらされるもの、という関係性にあります。
社会的インパクト:
短期、長期の変化を含め、当該事業や活動の結果として生じた社会的、環境的なアウトカム
アウトカム:
事業実施後に、事業の対象となった個人や集団、社会にあらわれる状態の変化
アウトプット:
活動の結果、または活動実施により生み出される財・サービスや状態など
なお、アウトカムは成果が実現される時間軸やその効果の波及プロセスによって、事業による直接的な成果を表す「直接アウトカム」、最終アウトカムの実現に貢献する成果を表す「中間アウトカム」、最終的に実現を目指す社会の状態を表す「最終アウトカム」の3つに分けられ、特にプログラム評価において「最終アウトカム」は「インパクト」とも呼ばれます。
- 事業による直接的な成果を表す「直接アウトカム」
- 最終アウトカムの実現に貢献する成果を表す「中間アウトカム」
- 最終的に実現を目指す社会の状態を表す「最終アウトカム」「インパクト」
社会的インパクト評価の原則
社会的インパクトを定量的・定性的に把握し、当該事業や活動について価値判断を加えることを「社会的インパクト評価」と呼びます1。社会的インパクト評価では、後述する手順に基づき、事業が生み出した社会的インパクトを測るための「指標」を設定し、その評価を行います。
社会的インパクト評価の実施においては、評価の目的やニーズに応じて評価方法の多様性を確保しながらも、評価に対する信頼性や比較可能性を維持するためのルールとして、「社会的インパクト評価の原則」という5つの項目が示されています1。実際の評価にあたっては、これらの原則を常に念頭に置きながら、評価を計画し実施していくことが必要です。
重要性 (マテリアリティ) |
経営者や従業員、資金仲介者、資金提供者を中心とした利害関係者が事業・活動を理解するための情報や、資金提供の意思決定を左右する社会的インパクトに関する情報が含まれるべき。 |
② 比例性 | 評価の目的、評価を実施する組織の規模、組織が利用可能な資源に応じて評価の方法や、報告・情報開示の方法は選択されるべき。 |
③ 比較可能性 | 比較が可能となるよう、以前のレポートと同じ期間、同じ対象と活動、同じ評価方法で関連づけられ、同じ構造をもって報告されるべき。 |
④ 利害関係者の参加・協働 | 社会的インパクト評価に当たっては、利害関係者が幅広く参加・協働すべき。 |
⑤ 透明性 | 分析が正確かつ誠実になされた根拠を提示・報告し、利害関係者とその根拠について議論できるようにすべき。 |
社会的インパクト指標の設定手順
①目的・対象を明らかにする
社会的インパクト評価のあり方は一様ではなく、その活用方法は多岐にわたります。
事業者として、評価からなにを学び、どのように事業改善へとつなげたいのか、誰に対してどのように説明責任を果たしたいのかによって、評価の内容や進め方、レポーティングの仕方は異なります。これらについて、まず関係者の間でよく話し合い、共通理解を得ることが最初のステップとなります3。
評価の目的について関係者の間で共通理解が得られたら、「重要性」や「比例性」の原則も考慮しならが、評価の対象とする事業(=プログラムの中のどの事業を評価対象とするのか)や受益者(=その事業におけるどの受益者を評価対象とするのか)について判断します。
この際、評価の対象となる社会的価値は本来的には主観的な価値の集合体であり、客観的な評価が難しいものであるという認識に立ち、「利害関係者の参加・協働」「透明性」の原則に基づいて、多様なステークホルダーの評価への参加などを通じた、妥当性・透明性の高い評価の実施を目指すことが重要です。
② 事業/プログラムの目標・ゴールを整理する
ロジックモデルの作成
アウトカムとなる指標を特定する際の基礎となるのは、事業やプログラムにおける目標やゴールです。目標やゴールには、事業が最終的に目指す状態が示されているため、これを参考にアウトカムを特定していきます。その際、ロジックモデルを作成することで、目標やゴールがどのようなプロセスによって実現されるのかについて、論理的な流れを可視化することができます。
ロジックモデルは、事業やプログラムなどの取り組みが目指す成果・目的と、その達成のために用いられる手段との関係を、体系的かつ論理的に表現したモデルのことを指します。社会的インパクト評価を行う事業の設計図にあたります。これによって、事業に携わる人々が共通の認識を持つことができるとともに、事業の支援者に対しても、事業の価値や妥当性を明確に示すことが可能となります。
ロジックモデルの基本要素は以下の4つから構成されます。
- 投入(インプット) :事業に対して投入される人・モノ・カネ・情報などの資源
- 活動(アクティビティ):インプットを使い行われる実際の活動
- 産出(アウトプット) :活動の結果として生み出される財・サービスなど
- 成果(アウトカム) :事業の実施後における社会の状態の変化
例として、生活困窮状態にある若年層に対して、SNSを使ったコミュニケーションによるアウトリーチを行うことで、困窮者支援に関する情報の提供や、支援申請手続きのサポート行うプログラムを考えます。このケースのロジックモデルは以下のように作ることができ、アウトカムには、その時間軸に応じて以下のような内容が設定されます。
- 対象者が、自身がどのような支援を受けられるのかを知る/対象者が、支援を受けるために必要な手続きを行える ⇒ 直接アウトカム
- 対象者が、自身の必要とする支援を受けられるようになる⇒ 中間アウトカム
- 対象者の生活困窮が軽減し、安定して日常生活を送れるようになる ⇒ 最終アウトカム
作成:Intelligence In Society
既存の指標セットの参照
アウトカムの設定においては、各種の国際的な枠組みや国内外の団体が提供している既存の指標セットを参照することも、より適切な指標設定において有益な情報となります。ただし、対象とするインパクトがこれらの指標セットに含まれない領域に関するものである場合は、事業者自身で指標の検討を行う必要があります。
IRIS+
GIIN(Global Impact Investing Network)が公表しているインパクト測定ツールである「IRIS+」は、対象とするインパクトのカテゴリーまたはSDGs目標に基づき、その評価指標を自動的に提示してくれるツールです。インパクト実現に向けたプロセス管理のための指標なども合わせて提示されます。
インパクトのカテゴリーまたはSDGs目標には、「教育」「雇用」「生物多様性&エコシステム」など17の領域が設定されており、対象とする領域と、それに関連するテーマ・戦略を選択することで、推奨される評価指標などが提示されます。利用は無料ですが、Eメールアドレス等の登録が必要です。
SIMI「アウトカム指標データーベース」
SIMI(一般財団法人社会的インパクト・マネジメント・イニシアチブ)により作成され、一般公開されているアウトカム指標のデーターベースです。
「教育」「子育て支援」「就労支援」といった対象の分野と、「プログラム参加者」「地域・地域住民」「行政」などのステークホルダーを選択することで、アウトカムのカテゴリ-や詳細、具体例な指標やその測定方法が表示されます。対象とするアウトカムのキーワードによる検索にも対応しています。
SDGsとの関連性の確認
また、対象とするインパクトについて、SDGs(持続可能な開発目標)との関連性を確認し、整理しておくことも重要です。対象とするインパクトがSDGsと必ず紐づけられている必要はありませんが、SDGsとの関連性を示すことは、事業やプログラムが目指すインパクトに対する、関係者の理解や共感を得やすくするなどの効果が期待できます。
特に、SDGsの17のゴールの配下にある、より具体的な目標を示した169のターゲットを参照することで、事業が目指すインパクトをSDGsのどこに位置付けることができるのかをより具体的に整理することが可能です。
詳細:Japan SDGs Action Platform ー SDGグローバル指標(外務省)
③アウトカム群の構造を整理する
次に、上記で特定した候補となるアウトカム群を、時系列レベルとその影響範囲の2つの軸で整理します4。時系列レベルの整理は、上述の「直接アウトカム」「中間アウトカム」「最終アウトカム」の3つの区分で行います。ロジックモデルを作成している場合は、ロジックモデル上で既に整理がされている場合も多いでしょう。
一方、アウトカムの影響範囲による整理は、そのアウトカムが「①個人など個の対象における変化に関するものか」「②グループなど特定の集団における変化に関するものか」「③地域社会や高次の組織体などにおける変化に関するものか」によって行います。
先の例では、「プログラムの対象者個人における変化」が①、「生活困窮状態にある若年層という集団における変化」が②、「若年層の困窮状態の改善によって生じる地域社会における変化」が③、というように整理することができます。
④評価するアウトカムの優先順位を決める
社会課題の解決に向けた活動は、短期的・長期的に様々な影響を生じさせますが、その全てを把握することは困難です。候補となるアウトカム群について、限られたリソースの中でその全てを評価対象とすることは現実的ではなく、工数に見合う価値も得られせん。アウトカム群について、「評価実施の必要性」と「評価実施の可能性」の両面から優先順位付けを行います4。
必要性の観点では、評価を行う目的が重要となります。評価を行う目的が、事業の改善に役立つ情報を得るための内部利用なのか、資金提供者などのステークホルダーに対して事業の成果を報告することなのかによっても、「必要性」の判断は異なってきます。
また、可能性の観点では、技術面(適切な測定方法が存在するか)、倫理面(データの取得が倫理的な問題を伴わないか)、リソース面(費用や工数の面で許容可能か)などを踏まえて判断を行います。特に、「どのような測定方法で評価するか」について十分に検討しておくことが重要です。
アウトカムを測定する指標と測定方法は、定量・定性含め多様な方法が存在し、測定方法によって得られる情報の厳密性も様々です。厳密な測定には相応の専門知識や費用・工数が必要なため、すべての事業の評価において厳密な評価を求めることは現実的ではありません。重要なのは、「重要性」「比例性」の原則などに基づいて最適な手法を選択し、事業に携わる人々が納得できる形で評価を行うことです。
また、関係者が納得できる評価を実施する上で必要な知識やスキルが組織内にあり、自分たちで評価を実施できるのか、あるいは外部の専門家の支援を求める必要があるのか、についてもこのタイミングで判断を行うことになります。
これらの点を踏まえて優先付けられたアウトカム群の中から、「どのアウトカムの、どの受益者について、どこまでの時間軸で」評価の対象とするのかを明確にします。そして、そのアウトカムの測定に最適と考えられる指標を選択することで、社会的インパクト評価の対象となる「指標」が設定されます。
指標の設定において注意すべきポイント
- アウトカムには、共通の理解・イメージを持つことが可能な内容を設定する
例えば最終成果が「地域の活性化」「青少年の健全育成」「ふれあいのあるまちづくり」といった表現だった場合、人によってその理解やイメージすることが異なる可能性があり、関係者の間で実現したい成果についての共通理解を得ることができません5。多くの人が、成果が実現された状態を具体的にイメージできることが重要です。
- 実現したい社会の状態と、そのための手段を正しく区別する
例えば上記の事例で、最終成果に「生活困窮の若年層が支援を受けるための環境が整備されている」という状態が設定されていた場合、それは本来「若年層の生活困窮の軽減」など、より上位の目的に対する手段として存在するはずのものです。
本来手段に該当する内容が、「目指す成果」として設定されている場合、手段が目的化しており、より本質的な目的についての整理が不十分である可能性があります。
- アウトカムの測定・定量的な把握に対する可能性を検討する
アウトカムは必ずしも定量的に把握可能なものである必要はなく、定量化が難しくても、実現すべき社会の状態が明確に示されたものであることが重要です。
一方で、定量的な情報は、目的の達成に対する進捗や課題の有無を可視化し、事業の改善に資する有用な情報を提供します。可能な限りアウトカムを定量的に把握する工夫をすることは、より効果的に目指す成果の実現を図る上での重要なポイントの一つです。
- 最終成果に影響する重要な要因に対して事業が行われている
目指す最終成果の実現に対して事業による直接的なアウトカムの与える影響が小さく、事業以外の要因が最終成果の実現に大きな影響を与える場合、事業と最終成果の間の関係性は希薄になります。
成果に影響する重要な要因に対して事業を行うことで、目指す最終成果の実現に対して事業が与える影響を、できる限り大きくする工夫をすることが重要です。
ここまで、社会的インパクトにおける「指標」について、その意味や設定の手順、設定において注意すべきポイントを解説しました。
当記事に関連するトピックの詳細については、以下のページをご覧ください。
また、社会的インパクト評価に関する全ての記事は、以下のページからご覧いただけます。
参考文献・注記:
1. 内閣府, 社会的インパクト評価検討ワーキング・グループ (2016)「社会的インパクト評価の推進に向けて」
2. 源由理子・大島巌(2020)『プログラム評価ハンドブック-社会課題解決に向けた評価方法の基礎・応用-』, 晃洋書房
3. GSG Impact JAPAN, 社会的インパクト評価ワーキング・グループ (2017)「社会的インパクト評価ツールセット実践マニュアル」
4. 安田節之 (2011)『プログラム評価ー対人・コミュニティ支援の質を高めるためにー』, 新曜社 などを参考。
5. 北大路信郷(2015)「政策評価モデルにおけるロジック・モデルとプログラム評価の有用性」『平成26年度政策評価における統一研修』