この記事では、セオリーオブチェンジ(変化の理論)について、その意味と作成する目的・メリット、実際の作成方法や作成のテンプレートについて、具体例をもとに解説します。
<目次>
セオリーオブチェンジ(変化の理論)とは
事業を通じて社会課題の解決を目指す際などにおいて良く活用されるツールの一つに、「セオリーオブチェンジ(theory of change:変化の理論)」があります。
セオリーオブチェンジ(変化の理論)とは、以下のように定義されるものです。
「プログラムによって何故その対象に変化が起こるのか、ということを変化の論理的連鎖として示したもの」1
「意図する社会的な変化が起きるプロセスを、プログラムの基盤となる仮説から、長期的ゴールまでの過程として描いたもの」2
これらの定義が示唆する通り、セオリーオブチェンジは、プログラムが目指す変化がなぜ起こるのかを、プログラムの「活動(アクティビティ)」と「成果(アウトカム)」の間の論理的な繋がり(logical connections)として明らかにするもの、と理解できます2。
なお、ここでの「変化」が意味しているのは、あくまでプログラムが対象とする人や集団、組織、社会などにおける変化のことであり、プログラムのプロセスにおける変化ではないことに注意が必要です。
例として、「低所得家庭の子供における社会的状況の改善」を目指すプログラムにおいて、その「変化の理論」を明らかにするケースを考えます。プログラムの当初のアイデアが、「家庭の社会的状況が良ければ、子供の社会的状況も良い」というものであったとすると、プログラムが介入すべきターゲットとしての問題は、「家庭(の状態)」となります。
しかし、変化に至るプロセスをより詳細に検討した結果、
家庭の社会的状況が良いのは近隣からのサポートがある場合であり、
サポーティブな近隣とは家庭にとって経済的機会や社会的繋がり、質の高いサービスへのアクセスが確保されていることである」
という形で、目指す変化に至るプロセスについて、その道筋がより高い解像度で整理されたとします。この場合、問題の核心は当初の「家庭」ではなく「家庭がアクセス(繋がり)を持っていないこと」であり、プログラムが介入すべき対象も「家庭そのもの」ではなく、「家庭とその近隣の社会的資源の繋がり」であることが明らかとなります2。
作成:Intelligence In Society
このように、セオリーオブチェンジを作成することは、プログラムが対象とする問題やプログラムの目的に対する理解の解像度を高め、プログラムによって何がどのように為されるべきかについて、より鮮明なイメージを持つことを可能にします。
セオリーオブチェンジ作成の目的とメリット
セオリーオブチェンジは、プログラムの運営者や出資者が、変化を理解し、変化のプロセスを管理し、その効果を測ることを支援するツールの一つです。セオリーオブチェンジを作成し、「プログラムによって意図する変化がなぜ達成されるのか」を明らかにすることは、プログラムをより効果的なものにするだけでなく、プログラムに関するアカウンタビリティと透明性を高めることに繋がります。
セオリーオブチェンジの作成における具体的な目的とメリットには以下のような点が挙げられます2。
プログラムに関する共通理解、共通言語の獲得
セオリーオブチェンジを作成することで、プログラムが何を最終成果として目指し、それがどのような活動によってなぜ達成できるのかについて、関係者の間で共通理解を持つことが可能となります。時には、セオリーオブチェンジを作成することで、プログラムが本当に目指しているものが初めて明確となり、最終成果やそれを測る指標をより具体的にイメージすることができるようになります。
また、プログラムに関する重要な要素や概念がセオリーオブチェンジに明記されることで、それらが関係者の間で共通言語となり、関係者がプログラムの目標やその手段についてより質の高いコミュニケーションを取ることができるようになります。
この点は、プログラムに対する援助を行う助成団体においても重要であり、助成団体自身の活動に関するセオリーオブチェンジを、その団体の活動に関する基本原則や基本的価値と見なすことで、助成の候補となる事業が団体の原則や価値に合致しているかを、より適切に判断することができるようになります。
暗黙の仮定や前提の可視化
セオリーオブチェンジを作成することは、プログラムが暗黙のうちに置いている前提や仮定に運営者自身が気付く機会となり、プログラムをより良いものに変えていくヒントを得ることができます。暗黙の前提を明らかにし、その妥当性を精査することは、プログラムをより現実的なものに改善し、目指す成果に対する実現可能性を高めていくことに繋がります。
特に、プログラムが対象とする領域に関する経験や知識を運営者が豊富に持っている場合、それまでの経験や習慣から無意識のうちにプログラムに関する暗黙の前提を置いてしまうことがあります。これには例えば、ある対人援助プログラムの実施期間について、同種の事例における一般的な期間から、それが本当に最適であるかについての検討をせずに、「1か月」などと置いてしまうケースなどが該当します。
このプログラムに関するセオリーオブチェンジを他の関係者が見ることで、運営者とは別の視点から、「なぜ1か月が前提となっているのか」を問うことが可能となります。これにより、運営者自身が無意識のうちに置いていた前提に気付くとともに、その前提を取り払うことによってプログラムをより効果的なものに変えていく可能性が拓けていくこととなります。
必要な外部資源の明確化
セオリーオブチェンジによって、プログラムの活動から最終成果に至るまでの要素を書き出すことで、プログラムの実行にどのような資源が必要であるかが明らかとなります。これにより、入手可能な資源に応じてより実効可能な形にプログラムを作り替えたり、足りない資源の獲得に関する計画を作ることが可能となります。
また、プログラムに必要な資源には多様なものが含まれますが、多くの場合、それら全てを自組織のみで工面することは現実的でなく、そのうちの少なくない部分を外部の資源に頼る必要があることが明らかとなります。
プログラムの全てを自組織のみで行なうのではなく、自組織にはない資源を持つ他の組織とパートナーとして戦略的なアライアンスを組み、協働して同じ目標のために活動することを可能にする上でも、セオリーオブチェンジは重要な役割を果たします。
適切な評価対象の設定
セオリーオブチェンジを作成することで、プログラムの活動が意図した通りに成果に繋がったかを知るためには、どのような指標をもとに評価を行う必要があるかが明確になります。これは同時に、活動や成果に関する全ての要素を網羅的に測定するのではなく、プログラムの成果を知る上で特に重要な要素を優先的に評価することを通じて、より効果的・効率的な評価を行うことを可能にします。
また、セオリーオブチェンジによって活動が成果に至るロジックが明確化され、それが適切な指標によって評価されることで、関係者がプログラムの活動やその根拠とした理論を客観的に振り返ることができるようになります。これによって、プログラムに対する健全な懐疑心を維持することができ、プログラムの継続的な改善や刷新が可能となる点も、セオリーオブチェンジを作成するメリットの一つと言えます。
作成方法とテンプレート
セオリーオブチェンジに決まった形はなく、その形式や体裁、規模感などはプログラムの特性や作成する目的によって様々です。一般的には、テキストボックスや矢印を使うことで、プロセス(ロジック)の流れや各要素間の関係性を視覚的に表現します。
セオリーオブチェンジの中には、非常に多くの要素が書き込まれ、それらが複雑に入り組んだ矢印によって繋がれたものを見ることもありますが、プロセスを詳細に描くほど良いというものでは決してありません。重要なのは、多くの関係者にとってその内容が納得感のあるものであり、それを通じて共通の理解やイメージを持つことができることです。
作成において中心的に考えるべき「問い」は以下の4つです。
- プログラムの真の対象者(ターゲット集団)は誰なのか?
- どのようなアウトカム(成果)を目指すのか、それはどのような指標で測られるのか?
- どのような事業・サービスによって、その目指す成果を実現するのか?
- 自組織の構造や運営、人員、外部からの支援などに対する示唆は何か?
これらの4つの「問い」に対する答えを、多様な関係者との議論を通じて洗練させていくことで、セオリーオブチェンジの全体像を描いていきます。
また以下では、International Network on Strategic Philanthropyによる手引書3に示されている、作成のステップと各ステップにおいて問うべき質問を整理したテンプレートを紹介します。これは、上記の4つの問いを、より詳細な問いへと分解したものと理解できますが、プログラムの検討に必要な要素を広くカバーしている点で、実務において利用価値の高いテンプレートとなっています。
出典:International Network on Strategic Philanthropy (2005)3をもとに、Intelligence In Society作成
ここまで、セオリーオブチェンジ(変化の理論)について、その意味と作成する目的・メリット、実際の作成方法や作成のテンプレートについて解説しました。
当記事に関連する内容として、ロジックモデルに関する詳細は以下の記事をご覧ください。
また、プログラム評価や社会的インパクト評価に関する全ての記事は、以下のページからご覧いただけます。
参考文献・注記:
1. 安田節之 (2011)『プログラム評価ー対人・コミュニティ支援の質を高めるためにー』, 新曜社
2. Grantcraft (2018), “Mapping Change – Using a Theory of Change to Guide Planning and Evaluation”. https://learningforfunders.candid.org/wp-content/uploads/sites/2/2018/12/theory_change.pdf (2025年9月9日最終閲覧)
3. International Network on Strategic Philanthropy (2005), “Theory of Change Tool Manual”. https://www.issuelab.org/resources/16171/16171.pdf (2025年9月9日最終閲覧)